人を疑いながら生きていく社会は難しいものがある

私は、基本的に人と接するときには、性善説を信じて接しています。
しかし、見ず知らずの人を完全に信用しているわけではありません。
でも、世の中には悪いことを考えたりする人がいるというのも知っているし、うまい話がそこらへんに落っこちているとも思っていません。
悪意を持ってこちらに近付いている人もいるというのは、重々承知しています。
しかし、お互いに面識のある間柄であれば、少なくとも「私を騙してやろうと思っているのではない」と考えるのが普通だと思います。
もし、仮に悪意を持って人と接している人がいたとしても、その人が最初からそういう考え方になっているわけではないでしょう。
もともと悪意はなくても、いろいろな環境だとか事情が、そういう行動を取らせているのではないかと思います。
考え方はいろいろありますが、人間は、大小の社会というかコミュニティーに属して生活しています。
その中で、身の回りにいる人それぞれを疑いながら生活するというのは、なかなか難しいし、社会が成り立たなくなる気がするんですよね。アリシア 脱毛 効果